連載:その時“光”の歴史は動いた

【第5回 光速の測定 その2】

 第3回「光速の測定」では、現在長さの基準の定義にも使われている「秒速 299792.458 km」と いう光速が、“光の歴史”の中でどのように測定されてきたかを紹介しました。 実はこの光速の値には「真空中の」という“ただし書き”が付いていることをご存知でしょうか。 今回は「光速の測定 その2」と題して、真空中ではなく物質中での光速の測定と光の屈折について紹介します。

 光の屈折という現象は、空気中から水などのように、屈折率の異なる物質に光が入射する際に光の進む経路が曲がるという現象です。 水を入れたコップにストローをななめに入れると、ストローが水面を境に折れ曲がって見えるのも、この屈折によるものです[注1]。 光に限らず、波で説明できるものにおいて、その入射角と屈折角の関係は一般的に「スネルの法則」として知られる法則に従うことが分かっています。 その関係を調べる試みは、月のクレーターにその名が冠されているクレオメデスやイブン・アル=ハイサム、天動説で有名なプトレマイオスなどの著名な天文学者たちによって、既に1世紀頃から行われてきました。

 この光の屈折が起こる原理を説明したのが、前回「光は波か?粒子か?」でも登場したホイヘンス でした。 前述したスネルの法則を、1678 年に発表されたこのホイヘンスの原理に基づいて説明するには、光は屈折率の大きい物質の中ではゆっくり進む波であることが必要になります。 空気と水を例にとると、水の屈折率の方が大きいため、水中における光速は空気中よりも遅くなることが予想されます。 これを実験によって実際に確認したのは、第3回「光速の測定」で登場したレオン=フーコーでした。 1850年にフーコーが行った実験では、水中の光速を測定できたわけではありませんでしたが、水中の光速と空気中の光速の比の値を測定することができました。 その結果は、ホイヘンスの原理から予測される値とほぼ等しかったのです。 光の粒子説では、光速は空気中よりも水中の方が速くなることを予測していたため、この結果は光の波説の決定的な証拠とされました[注2]。

 それでは、水中では光速はどの程度遅くなるのでしょうか? 真空の屈折率を1とした時のある物質の屈折率をnとすると、その物質中の光速は真空中の光速の毎秒 299792.458 kmの1/n倍になります。 屈折率が大きな物質の中ほど、光速は遅くなるのです。 水の屈折率はおよそ4/3ですので、水中の光速は真空中の3/4倍、すなわち毎秒 22 万 km程度になります[注3]。 アインシュタインの相対性理論によると、「光速を超えて物体を加速することはできない」のですが、この光速は「真空中の光速」です。 そのため、真空中の光速に近い速度まで加速された物体が水中に飛び込むと、「水中の光速よりも速く物体が動いている」という状況が実現されます。 実際、そのような物体から放射される「チェレンコフ光」を観測し、検出が非常に難しいと考えられていたおばけ粒子 「ニュートリノ」の間接的な検出に成功したことが、小柴昌俊さんが2002年にノーベル物理学賞を受賞した理由になっています。

 では逆に、屈折率が真空よりも小さい物質は存在するのでしょうか? その答えとしては「yes」です。なんと存在するのです。 昨年 10 月に理化学研究所が開発した「三次元メタマテリアル」と呼ばれる物質で、その屈折率はなんと0.35。 この物質中では、光の速度は真空中の約 3 倍の速度になります[注4]。 この性質は、透明マントなどの透明化技術やレンズの高性能化、安定した高速光通信などの技術に応用できる可能性があるとのことです。 “光の歴史”の中で私たちの光に対する理解は深まってきましたが、それらを用いた夢の技術が今まさに作られようとしているのですね。


注1.
2種類の異なる物質の屈折率が全く同じだった場合には、その境界面では屈折が起こらないため、境界面が分からなくなります。 以下のホームページに、それを利用した面白い動画が公開されていますので、是非一度ご覧ください。
『これはすごい! 「見えないガラス」で作られた ピタゴラスイッチ』
http://plus1world.com/glass-invisible

注2.
その後の光の波説・粒子説の論争に関する展開は、前回記事を参照してください。

注3.
もっと屈折率の大きなダイヤモンド(n = 2.42)中では、光速は毎秒 12 万 kmにまで遅くなります。

注4.
「えっ、相対性理論破ってるじゃん」と思われた方、なかなか鋭いですが、大丈夫です。 この速度は「位相速度」であって、情報はこの位相速度で伝わるわけではありません。 情報が伝わる速度は「群速度」と呼ばれますが、位相速度が真空中の光速を超えるような状況でも、群速度は真空中の光速よりは遅くなります。 詳しくは、以下のホームページをご覧ください。
ワンポイント講座「位相速度と群速度」
http://www.pp.teen.setsunan.ac.jp/lecture/lightspeed.html

参考文献:
・「真空より低い屈折率を実現した三次元メタマテリアルを開発 − 電子ビームと金属の自己組織化 で大きなサイズ(数mm角)を実現−」
http://www.riken.jp/pr/press/2014/20141024_1/




(MARK: 2015年08月)