連載:宇宙開発裏話

【第3回 パイオニア・アノマリーの正体】

 ボイジャーが太陽系グランドツアーへ向かうちょっと昔、初めて小惑星帯を抜け たパイオニア10号と11号という探査機をご存知ですか? 木星と土星の探査を無事成し遂げたのですが、さらに太陽系の辺境へ向かう際に、 不思議な現象が発見されました。探査機の速度を調べてみたところ、予測よりほん の"わずか"に減速していたのです。
それは、距離にしたら1年で400kmしかないズレでした。

 この現象はパイオニア・アノマリーと呼ばれ、これまで数々の可能性が指摘され ました。 重力理論の誤差、未知の天体や銀河の重力の影響、軌道プログラムの誤りなど、様 々です。 ただ、肝心のデータが古い磁気テープに保存されたままで、長い間、減速の方向や その変動を正確に把握できていませんでした。

 そこで、立ち上がったのがアメリカの民間団体『惑星協会』です。 一般市民から資金を集め、膨大な磁気データのデジタル化が行われました。 かの有名なカール・セーガンらが設立したこの組織では、他にもお家でできる宇宙 人探査『SETI@Home』や、ソーラーセイル実証機『コスモス1』が企画されています。 (日本にも『日本惑星協会』として派生し、はやぶさに名前を載せるキャンペーン などが行われましたが、残念ながら先日解散しました。)

 集まったデータを再解析した結果、減速の大きさは、打上げ直後から徐々に小さ くなっている事実が判明しました。 もっとも有力な説として、探査機に載っている原子力電池の熱放射が考えられてい ます。

 木星より遠くを飛行する探査機は、太陽の光が弱すぎて太陽電池では十分な電力 を得ることができません。 大抵、原子力電池と呼ばれる、特殊な電池が使われています。 ちょっと難しくなりますが、プルトニウム 238という原子が崩壊するときに発生す る熱を、熱電素子という熱を電力に変える装置を使って、電力を得る仕組みです。 非常に簡単な構造なので、信頼性が必要なペースメーカーの電源としても使われて きたのですが、難点が1つあります。 熱エネルギーのわずか数パーセントしか電力に変換できず、大半の熱が余ってしま うのです。 パイオニア探査機も同様に、使われなかった熱が電磁波として放出され、解析して みると探査機の進行方向から発せられていました。 どうやらこの電磁波がパイオニアを減速させてたらしいのです。

 近年では、より探査機をコンパクトにするために、効率の良い原子力電池が開発 されています。 また、原子力電池は危険な放射性物質を使うので、太陽電池でも動くように、省電 力に設計した探査機も打上げられています。

 省エネは、宇宙でも重要な問題なんですね。


(藤井:大阪教育大学 2011年08月)