連載:宇宙開発裏話

【第11回 軌道上のメリークリスマス】

 米ソの月レースは1968年に大詰めを迎えました。 当時、アメリカはアポロ 1号の火災事故を乗り越え、ようやく宇宙船の有人地球周 回テストを成功させていました。 一方のソ連は無人月探査機ゾンド 5号の地球帰還を成し遂げ、有人月飛行に向け着 々と準備を進めていました。

 アポロ計画に迫るソ連の影を感じとっていたNASAは、ここで大胆な賭けに出まし た。 開発の遅れていた着陸船を搭載しないまま有人月周回飛行を行い、人類未踏の空間 に一発勝負で挑もうというのです。 周回飛行に着陸船は必要ありませんが、地球に戻るためのバックアップとして本来 欠かせない手段でした。 NASAはテストスケジュールを繰り上げ、アポロ 8号としてクリスマス・イブに 3人 の宇宙飛行士を月周回軌道へ送りました。

 月を 4回まわり、クルーが船体を回転させた時のことです。 月面の撮影で忙しかった彼らの前に、突然地球が昇り始めました。 死の世界の地平線から昇る、たった一つの色彩のある惑星は、まるでクリスマスツ リーの飾りのようでした。

  3人はクリスマス・イブを月周回軌道上で過ごし、将来の月着陸に向けての観測 や軌道修正を行いました。 ヒューストン時間の夜には10億人もの人々に向かってTV中継を行い、月に対する三 者三様の印象を視聴者に語りかけました。 中継の最後には、クリスマスメッセージとして旧約聖書の創世記が朗読されました。

 このTV中継のあと、アポロ8号は地球に帰還するための強力な噴射を行いました。 月の裏側でエンジンを噴射するので、成功したかどうかは長いブラックアウト(通 信途絶)のあとはじめてわかります。 予定どおりに軌道投入が完了すれば、クリスマス当日に入って19分後に、噴射に失 敗した場合はさらに 8分後に交信が再開されるはずでした。 失敗した場合、 3人のクルーは永遠に月の周りを回ることになります。 予定の時刻を数分過ぎた後、地上のアンテナがようやく信号を捉えました。

(飛行士)「ヒューストン、こちらアポロ8号、どうぞ。」
(管制官)「アポロ8号、よく聞こえる。」
(飛行士)「了解。みんなに伝えてくれ。月にはサンタクロースはいる。」
(管制官)「そうだろうとも。君たちが一番よく知っているはずさ。」

 1968年は悲劇的な出来事が多かった年でした。
ベトナム戦争の泥沼化、世界中に広まった暴力的な反戦デモ、キング牧師やケネデ ィ議員の暗殺など、暗いニュースがアメリカを覆っていたのです。 重苦しい 1年の最後にもたらされたアポロ 8号の輝かしい成功から、「アポロ 8号 が1968年を救った」と言われています。


(藤井:大阪教育大学 2012年12月)