連載:宇宙開発裏話

【第17回 いとしのクレメンタイン】

 「クレメンタイン」の月探査から20年が経ちました。はやぶさの半分程しかない 小さな探査機でしたが、現在の月科学の基礎となる、多波長域の全球月面図をわず か 2ヶ月で作成し、さらには月に水がある可能性を初めて示しました。アポロで知 られてしまった月を、再び未知の世界へと引き戻し、2000年代に華開いた月探査ブ ームの牽引役となったのです。

 クレメンタインは、NASAと国防総省がタッグを組んだ、珍しいミッションでした。 冷戦によって生み出された軍事用センサや民生プロセッサをふんだんに活用し、放 射線が飛び交うバンアレン帯の外でテストする目的がありました。打ち上げには、 かつてジェミニ計画にも使われた大陸間弾道弾の、余剰品を改修したロケットが使 われました。掛かった費用は、打ち上げ費を含めて8000万ドル(当時の日本円で82 億円)と破格で、速く・良く・安くをコンセプトとするディスカバリー計画のモデ ルになりました。

 光が地平線から入射する月の極域では、クレーターの底まで光が届かない永遠の 影があります。「コールド・トラップ」と呼ばれ、通常なら太陽光によって蒸発す る揮発性物質を溜め込んでしまうのです。当初、月の水探査は予定されていません でしたが、月周回軌道に到達したあと、高度測定用のレーダーを応用した即席の実 験が考案されました。地上から観測したエコーの強度や偏光データは、水が氷の状 態で大量に眠っていることを示唆していました。しかし奇妙なことに、南極でしか 氷を確かめることができませんでした。

 確たる証拠を得るために打ち上げられたのが、ディスカバリー計画の 1号機「ル ナ・プロスペクター」です。水素やヘリウムを検出する、中性子線の分光計が搭載 されました。宇宙線が月面に衝突すると中性子を放射し、中性子は水素原子にぶつ かると減速します。遅い中性子は、北極と南極の両方で検出され、水の存在量を間 接的に推定できました。しかし、太陽風にも水素が含まれています。水に含まれて いる水素とは断定できず、探査機自らが水を撮影しない限り、疑惑は氷解しません。
 それにもかかわらず、今から10年ほど前のブッシュ大統領の時代には、いまだ見 ず知らずの水があることを前提に、向こう見ずな有人月計画が立てられました。オ バマの時代になって、有人の目標は小惑星や火星に変わっていますが、一過性の政 治決定であることに変わりはありません。裏づけとなる無人探査が不十分なので、 この数十年、 ISSに続くポンチ絵は飽きるほど描き換えられてきました。人が宇宙 へ進出する必要があるのか、ならばどの星を目指すべきなのか。クレメンタインの ように、小柄で華奢な探査機をたくさん打ち上げることが、それを知る一番の近道 なのに。クレメンタインのことを忘れてしまったのかもしれません。


(藤井:平塚市博物館 2014年02月)