連載:宇宙開発裏話

【第20回 もう一つの冥王星探査】

 今年7月、NASAの探査機「ニューホライゾンズ」がいよいよ冥王星を探査します。
先日1月15日、準備段階「AP1」に突入し、冥王星到着に備え始めました。到着とは いっても、冥王星の横を通過してすぐにバイバイするフライバイ探査で、詳しく探 査できるのはほんの数日です。ニューホライゾンズの重量はわずか500kgほどに抑 えられており、2006年にアトラスVロケットの一番大きなタイプで打ち上げられま した。打ち上げ時の速度は人類史上最も速い、なんと16.5km毎秒!その速度でも9 年もかかるほど、冥王星は遠いのです。冥王星やその衛星の観測を終えた後は、太 陽系の外縁天体にいくつか接近し、先輩のボイジャーを追い越します。今回はかつ てボイジャーで行われるはずだった、幻の冥王星探査についてお話しましょう。

 ボイジャー1号と2号は、175年周期で訪れる、外惑星の連続的な探査が可能な軌 道「惑星グランドツアー」を利用して外惑星の素顔を明らかにしました。先に打ち 上げた2号が木・土・天・海を探査したのに対し、16日遅れて打ち上げ、あとから 追い越した1号は木・土のみでした。実はこの1号に冥王星を探査するプランがあっ たのです。1号の冥王星探査は、土星スイングバイから6年後の1986年春に行われる 予定でした。しかしこの軌道の場合、土星の衛星タイタンに近づけません。後に続 く2号も、タイタンから遠いところを通過する予定でした。タイタンか、冥王星か? 大激論の末、NASAは冥王星よりもリスクが少なく、得られる科学的知見が多いと思 われるタイタンを選びました。当時はまだ、カロン含む5つの衛星が見つかってお らず、カイパーベルト天体についても知られていなかったのです。


 ボイジャー1号による幻の冥王星探査と、今回のニューホライゾンズではどのよ うな違いがあるのでしょう?大きなパラボラアンテナを有する1号は、華奢なニュ ーホライゾンズに比べて10倍の通信速度がありました。また、1号はスキャンプラ ットホームと呼ばれる、観測機器を四方に動かせる台を持っていたため、機器が固 定されている今回の探査より自由に写真を撮ることができました。そもそも今回の 接近時には、冥王星の高緯度地域にしか太陽光があたっていないため、赤道方向か ら光が差し込んでいた1号のときと比べると限定的な領域しか撮影できません。1号 にはニューホライゾンズが搭載していない、磁力計やプラズマの観測装置も詰まれ ていました。

 技術的な進化がもたらした、ニューホライゾンズの利点もあります。1号のメモ リはわずか67MBのデジタルテープレコーダーでしたが、今回は8GBのフラッシュメ モリを搭載しています。細い通信環境を補完できるでしょう。各種カメラの性能は 比較にならないほど向上し、例えば紫外分光計は1号の2画素から3万画素へ向上し ています。また、1号では非搭載だった、大気圧や温度、ダスト環境を詳しく調べる 機器が搭載されています。

 もしボイジャー1号が冥王星を探査していた場合、宇宙探査はどう変わっていた のでしょう?私たちは30年前に冥王星の姿を知ることができた代わりに、タイタン は謎のままでした。きっとホイヘンスによる着陸探査も行われていないでしょう。 また、あの有名な太陽系のファミリーポートレイトも撮れていません。1号はタイ タンに立ち寄るために黄道面を大きく逸脱する軌道をとったおかげで、太陽系を大 きく俯瞰できる写真を取得できたのです。私たちの太陽系観は、かなり違っていた ものになっていたのかもしれませんね。


(藤井:平塚市博物館 2015年02月)