連載:あなたの知らない宇宙

【第21回 天文学での"大きさ"】

 地球を離れた遠い宇宙の銀河や星、さらには惑星など様々な天体を研究する天文 学。
 遥か遠くの天体が放つ光も、広い宇宙空間を旅する間に弱く霞んでいき、私達に 届く頃には微かな光となるばかり。それでも僅かでも光が届けば良い方で、私達か らは全く見えない天体や、大きさや形も分からない天体は宇宙にはざらにあります。
 そんな天文学においては、時間、長さ、重さという物事の「大きさ」の受け止め 方が、普通とは少し違います。身体測定では子供たちは身長の 1cmの差を競うでし ょうし、サラリーマンに仕事の遅れが 1日でもあれば大変です。その意味で、物事 の大きさが比較的精密に測られていると言えます。

 しかし、天文学者(或いはその端くれ)である私達の感覚ではそうではありません。 150cmも 170cmも、大体2mだとみなし、時にはどちらも1mだと考えることだってあ ります。100cm以上のものの間にある1cmの差など、ないに等しいのです。さらには、 仕事や宿題に壊滅的な事態を招く1日と3日の間にも違いはほとんどないとみなしま す。
 150cmと170cmはどちらも"cm"で数えて三桁で、2mと1mも"m"で数えれば同じ桁です。 1日と3日も"日"で数えて一桁同士。要するに、その桁があっていれば、ほぼ同じだ と考えるのです。
 このように考える理由は、天体が遠く手の届かない宇宙に存在し、本当に見たま まの大きさであるかどうかわからないためです。しかし、その天体で起こっている 現象を調べ理解するために、手掛かりとしてその現象の特徴的な大きさ、つまり桁 を取り上げてその現象の本質を研究するのです。


 このような考え方の例として、今回は太陽の燃料のお話をしたいと思います。
 ご存知のように、太陽は地球の昼を照らして、いや、昼を作り出している光源そ のものです。太陽の燃料が一体なんなのか、みなさんはご存知でしょうか。ここで は僕と一緒に、天文学者のように、様々なエネルギー源で可能な出力を概算して太 陽のエネルギー源を求めてみましょう。是非紙と鉛筆をご用意ください。

 太陽は単位質量当たり、1秒間に2×10^-4(10のマイナス4乗)J/s/kgのエネルギー を放出しています。

 このエネルギー源として、化学エネルギーを考えてみましょう。化学エネルギー とは、例えば木(炭素C)が燃えて二酸化炭素(CO2)になるとき火として熱が生まれる ように、原子や分子が結合したり分離するときに生じるエネルギーのことです。
 さて、太陽がほとんど水素 (H)でできているとします。この水素は燃焼によって 水 (H2O)となりますが、単位質量当たり10^8 J/kgのエネルギーが生じます[※注1]。 このエネルギーを太陽の 1秒間に放出するエネルギーで割ると、化学エネルギーに よる太陽の寿命として、1.6×10^4年(1.6万年)という値が求まります。これは、太 陽の年齢(50億年、 5.0×10^9年)よりも五桁も小さく化学エネルギーでは不十分で あることがわかります。

 重力エネルギーではどうでしょうか。重力エネルギーとは、例えば重いものを持 ち上げて地面に落とすと衝撃が地面に伝わるように、ものの引きあう力が生じさせ るエネルギーです。太陽の重力エネルギーは 2×10^11J/kgです[※注2]。先ほどと 同様にこの値から太陽の寿命を求めると、3000万年という値が得られます。化学エ ネルギーに比べていくらか長くなりましたが、それでも全く足りません。

 では、太陽は一体何のエネルギーを用いて輝いているのでしょうか。この疑問に 初めて答えを出したのはHans Betheというドイツ生まれの物理学者でした。それは 1939年のことで、彼はその功績によって1967にノーベル賞を受賞しています。

 答えは、核エネルギーでした。核エネルギーとは、原子核が変化するときに生じ るエネルギーのことです。 Betheは太陽の主成分である水素の原子核、つまり陽子 が 4つ集まってヘリウムHeを作る核反応で生じるエネルギーを利用すれば、太陽の 年齢を説明できることに気付いたのです。
 この場合、陽子単位質量当たりの核エネルギーは7×10^14J/kgになります[※注3]。 このとき寿命は1000億年となり、見事太陽の年齢の間以上輝かせることのできるエ ネルギーを発見することに成功しました。

 ただし、実際には全ての陽子がこの反応を起こすわけではないので、太陽の寿命 はおよそ10分の1の100億年だと考えられています。現在の太陽は50億歳なので、よ うやく寿命の半分にきたところ、ということですね。
 このように天文学では桁での計算によって物事の本質を説明することが重要な役 割を担っています。みなさんも是非、桁計算に親しんでみてください。僕からの例 題として、以下にいくつか問題を挙げておきます。

 ・人間は単位時間あたりどれだけのエネルギーを消費しているか?
  (必要カロリーを1日で割る。また、是非太陽と比較してください)
 ・海にある水の量はどのくらいか?
 ・宇宙の質量はどのくらいか?

他にも面白い問題があったら是非教えてください。

参考文献:Bethe 1939, PhysRev, 55, 434

[注1]
2個の水素原子が水分子 1つになるとき、およそ10^-19Jのエネルギーを発生させま す。水素は1kg当たり約10^27個存在しますから、1kgの水素で約10^8Jのエネルギー を生じさせることができます。

[注2]
重力エネルギーは、天体の質量をM、天体の半径をRとして重力定数G(約10^-10m^3/s^2/kg) を用いて単位質量当たりでGM/Rと書くことができます。
太陽の質量は2×10^30kg太陽の半径は約10^9mであることから GM/Rを用いて単位質 量当たりの重力エネルギーは2×10^11J/kgと求まります。

[注3]
陽子が4つ集まってヘリウムHeを作る核反応で生じる核エネルギーは2.8×10^12Jで す。陽子1つの質量は約 10^-27kgなので、陽子 1つの単位質量当たりの核エネルギ ーは7×10^14J/kgになります。


(田村:京都大学 2011年11月)