連載:あなたの知らない宇宙

【第27回 宇宙の過去・現在・そして未来 〜 宇宙が奏でる交響曲 〜】

 読者のみなさまの中には、私たちの宇宙の年齢が137億歳であることや、私た ちになじみのある通常の物質は宇宙のわずか4パーセント程度でしかないことをご 存知の方が多いことと思います。これらは、NASAが2001年に打ち上げたWMAP衛 星によって測定されました。では、WMAP衛星は、どのようにしてこれらを測定した のでしょうか。そこには、『宇宙が奏でる交響曲』が関係していました。

 交響曲と言えばオーケストラですが、オーケストラでは様々な楽器から奏でられ る『音』が、素晴らしいハーモニーを作り上げます。この『音』を物理的に捉える と、ある楽器が奏でている音色と音程は、その楽器の形と大きさで決まっています。 小さなバイオリンは、大きなコントラバスより高い音を奏でる、といった具合です。 このことから逆に、どのような『音』が奏でられるかを聞くだけで、その『楽器』 の大きさと形を知ることができるのです。

 では、『音』とはどういう物理現象でしょうか。私たちにとって最も身近な『音』 は、空気の振動現象です。私たちが話すとき、声帯で圧縮された空気が元に戻ろう と膨張し、進行方向にある空気を逆に圧縮します。その膨張と圧縮が進行方向に伝 わっていくことによって、音は周りに伝播していきます。専門用語では、『粗密波』 と呼ばれますが、字面の通り、空気の『粗』な場所と『密』な場所とが進行方向に 伝わっていく波です。粗密波は、振動するのが空気でなくとも伝わりますが、音程 が変わります。例えば、パーティーなど余興で使われることのあるヘリウムガスは 空気よりずっと軽いため、これを使えばどんな人でも高い声に音程が変わりますね。

 現在の宇宙では、物質の密度がとても小さいため、音が伝わることはありません。 しかし、誕生から約40万年までの頃の若い宇宙では、物質の密度はとても高く、 音が伝わることができました。その頃の宇宙には、プラズマと呼ばれる非常に熱い 気体が満ちており、このプラズマの振動が『音』として、宇宙自体が『楽器』とな って、交響曲を奏でていました。

 この交響曲、残念ながら人間の耳には音として直接聞くことはできません。しか し、プラズマの密度の場所による違いは、マイクロ波と呼ばれる電波で見ることは できます。WMAPは、そのプラズマの密度の粗密がどのように宇宙の色んな場所によ って変わっているかを精密に観測し、そこから『楽器』としての宇宙の音色と音程 を測定することで、『楽器』としての宇宙の形や、楽器の中で振動しているプラズ マの性質を測定したのです。

 宇宙の交響曲は、私たちの宇宙が137億歳であることだけでなく、私たちの宇 宙には謎の暗黒エネルギーが満ちていることも教えてくれました。私たちの宇宙は 現在も膨張を続けていますが、この暗黒エネルギーの影響で、今後さらにこの膨張 は速くなっていくことが予測されています。ついには隣の恒星すら見えなくなるほ ど膨張は速くなり、そうなってしまうと夜空にはひとつも星が見えなくなってしま います。そんな夜空は寂しくて仕方ないですし、夜空にたくさんの星が見える今の うちに、星空をしっかり楽しんでおきましょう。(といっても、星が全く見えなく なるのはまだ何兆年も先のことなので、心配は無用です。)


(小林:愛媛大学 2013年01月)