連載:あなたの知らない宇宙

【第38回 銀河の進化とガスの役割】

 138億年(注1)の宇宙の歴史の中で銀河がいつ・どのように形成され、現在に至る までどのように進化してきたか?ということは天文学における重要な課題のひとつ です。
銀河というと "星の集まり" というイメージを持っている方が多いと思いますが、 実際には星だけでなくガスやダークマターなどによって構成されています。
銀河の進化について知るためには、これらの銀河をつくる物質を調べることが重要 です。星について調べるには電磁波(広い意味での光)の観測、ダークマターについ てはシミュレーションと、様々な研究手法によって銀河の進化が解明されつつあり ます。今回はそのような銀河をつくる要素のうち、ガスに着目したいと思います。

 宇宙におけるガスの多くは銀河と銀河との間の空間に存在します。ガスについて 調べる方法は様々なものがありますが、その中で最も強力といえるのが "クェーサ ー吸収線系" です。クェーサーは活動銀河核の一種で、ブラックホール降着円盤を 中心エンジンとして莫大なエネルギーを放射しています。そのため、遠くにあって もとても明るく見えます。
そんなクェーサーの光を分光観測すると、クェーサー由来ではない吸収線が見られ ることがあります。これがクェーサー吸収線系です。遠くにあるクェーサーから放 射された光は、私たちに観測されるまでに宇宙の中の長い距離を旅してきます。そ の途中にあるガスによってある特定の波長の光が吸収されれば、クェーサーのスペ クトルに吸収線ができます。この吸収線を調べることで宇宙空間に存在するガスに 関する情報を知ることができるのです。

 クェーサー吸収線系にはいくつかの種類がありますが、そのひとつに "減衰ライ マンアルファシステム(DLA : Damped Lyman-Alpha system)" と呼ばれるものがあ ります。 DLAは非常に多くの中性水素ガスを含んでいる吸収線系です。中性水素ガ スは星の材料となるガスです。

 宇宙において遠くを見るということは、過去を見ることに相当します。過去にさ かのぼって星の材料となる中性水素ガスについて調べることは、銀河進化を解明す るためにとても重要です。
銀河進化についてガスと星との相互関係はもっとも基本的な内容ですが、まだ詳し く解明されていません。 DLAはその吸収線の特徴から、私たちの天の川銀河のよう な天体の円盤ではないかと考えられています。すなわち、 DLAは現在の円盤銀河の 祖先である可能性が高いのです。
しかし、その正体はまだ謎に包まれたままです。なぜなら、 DLAに対応する銀河は 暗いものが多く、どの銀河が吸収線系を作っているのか特定された例があまりにも 少ないからです。 DLA対応天体の正体を探るためにはより暗い天体を観測できる装 置が必要となります。

 2013年、すばる望遠鏡の新しいカメラの運用が開始されました。
"ハイパー・シュプリームカム (HSC : Hyper Suprime-Cam)" です。HSCは、 1度に 観測できる視野と、暗い天体を観測する能力において世界最高です。 HSCを使えば、 これまでの観測では特定できなかった DLAの対応銀河を観測することができるかも しれません。 DLAだけでなく、 HSCによる遠方の銀河や活動銀河核の観測により、 銀河の形成と進化への理解が大きく進歩することが期待されます。


注1) 宇宙年齢については、WMAP探査機による宇宙背景放射の観測から約137億年と いう値が定説とされてきました。しかし、2013年にプランク衛星による最新の研究 で約138億年である可能性が指摘されました。


(小倉:愛媛大学 2014年05月)