連載:あなたの知らない宇宙

【第40回 七夕伝説に科学のメスを入れてみる】

 既に七夕は一ヶ月前に終わりました [注1] が、今回は七夕伝説にちなんだ話題 をお送りしたいと思います。

 誰もがご存知かと思いますが、七夕伝説では「織姫と彦星の夫婦が、 1年に 1度、 7月 7日だけ会うことを天帝に許されている」と伝えられています。この七夕伝説 の主役 2人である織姫と彦星はそれぞれ、夏の大三角で知られる「こと座のベガ」 と「わし座のアルタイル」として、夜空で輝いています。観測技術・手法が発達し た現代天文学では、それぞれの地球からの距離が約25光年、約17光年であることが 分かっています [注2]。お互い地球から見て離れた方向にいますので、ベガとアル タイルの間の距離は単純に25 - 17= 8光年ではなく、約14.5光年ということも分か っています。

 ここで気付かれた方もいるでしょう。そう、「 1年に 1度」会うことは不可能な 距離なのです。アインシュタインの相対性理論によれば、物質が光速を超えて移動 するのは不可能なので、仮に織姫と彦星が必死になって限りなく光速に近い速度で お互いに会いに行ったとしても、中間地点で会えるのは出発してから約 7年後のこ とになります。天帝も「 1年に 1度会っていいよ」と言ったのなら、それが可能な 距離に二人を離すべきでしたね。「物理学を伝説に持ち込むなんて、ロマンがない!」 と、お叱りを受けてしまいそうですが、これが現実なのです。

 では、最大限のロマンを発揮して物理法則を破って、仮に「 1年に 1度、 1日だ け」会えると考えましょう。人間の時間間隔で考えると、「めったに会えない」と 思ってしまいますが、ちょっと待ってください。織姫と彦星は、人間よりもずっと 寿命の長い恒星ですよね。仮に、織姫と彦星が人間と同じくらいの寿命だったとし たら、どれくらいの頻度で会っていることになるのでしょうか。

 織姫と彦星はともに A型の星 [注3] ですから、その寿命は約10億年です。 10 億年 = 1,000,000,000 年で、1 の後に 0 が 9 つ並んだ 10^9 年とも書きま す。人間の寿命を 100 年 = 10^2 年とすると、織姫と彦星は人間に比べて 7 桁 =10,000,000 倍も長い寿命です。なので、人間の感覚でいう「1 年」も、 7 桁小さくして考えるべきでしょう。1 年は 365日、1 日は24時間、1 時間は60分、 1分は60秒ですので、1 年を秒の単位で表すと、
1 年 = 365 日 x 24 時間/日 x 60 分/時間x 60 秒/分
= 3.2 x 10^7 秒になります。
つまり、「1 年」の 7 桁小さいバージョンは「3.2 秒」です。数字が並びまくって 混乱されているかもしれませんが、結論だけ書くと「織姫と彦星が人間と同じよう な寿命だったら、3.2 秒に 1 回会っていることになる」ということです。「あれ、 会いすぎじゃね?」「ってゆーかそれってずっと一緒にいるみたいじゃん」と思わ れた方が多いのではないでしょうか。天帝、甘やかしすぎですね。

 ですが、上の段落での計算では重要な部分を忘れています。そう、織姫と彦星が 会えるのは 1 年に 1 度、「1 日だけ」なのです。この部分もちゃんと人間の時間 スケールに合わせて 7 桁小さくしないといけません。1 日 = 24 時間x 60 分/時 間x 60 秒/分 = 8.6 x 10^4 秒ですので、1 日の 7 桁小さいバージョンは 「0.0086 秒」です。つまり、「織姫と彦星が人間と同じような寿命だったら、3.2 秒に 1 回、0.0086 秒だけ会える」というのが正しいのです。いくら 3.2 秒に 1 回会えるとはいえ、会えるのが一瞬というよりも短い時間だなんて、悲しすぎま すね [注4]。天帝、甘やかしすぎかと思いきや、あまりにもヒドイ人でした。さす が天帝。

 物理法則を破って会えたとしても、結局ロマンのない話になってしまいました。で すが、織姫と彦星が会えないことや、会えたとしても残念な感じの会い方になってし まうことが分かった(?)のは、天文学が発達した近年のことです。七夕の夜にはロ マンを全開にするのもいいですが、こうした最新の天文学の知識を元に笑い話に持っ て行くのも新しい手法としてはいいのではないでしょうか。


[注1]  今年の「伝統的七夕」は 8/2 (土) で、8/2・3 には、『伝統的七夕ライトダウン 2014』という試みもありますので、巨大台風の影響で今年も雨に終わった七夕の残念 な思いをここで吐き出して、伝統的七夕の星空をライトダウンして楽しみましょう!
(参照)
http://7min.darksky.jp/
[注2]
 さらに現代天文学からは、ベガ(織姫)が 12.5 時間という超高速な自転周期を 持っていることが判明しています。ベガは太陽の約 3 倍の半径を持っているにも関 わらず、太陽の自転周期(約 30 日)よりも圧倒的に速く回転しているのです。こ の自転の速さはあまりに速すぎて、ベガは星として形を保てるギリギリのところに います。会いたくて会えなくて(自我を保てないレベルで)震える、といった西野 カナの歌のような状態なのかもしれません。
[注3]
「星のスペクトル型分類」という分類の A 型であって、血液型ではありませんよ。 血液型ではないですが、スペクトル型分類で恒星を表面温度の高い順から並べると、 O 型、B 型、A 型、と、3 つ目まで血液型と一致してたりします。4 つ目は(残念 ながら?)AB 型ではなく、F 型が続きます。わたしたちの最も身近な恒星の太陽は G 型の星です。
(参照)
http://www.s-yamaga.jp/nanimono/uchu/kousei-3.htm
[注4]
 0.0086 秒と言われても、ちょっと短すぎてイメージが湧かないかと思いますが、 通常の携帯電話に付いているカメラでは織姫と彦星のデートの記録を写真として残 せないほどの短い時間です。がんばって連写しても、2 人が写ってない写真か、ぼ けぼけの 2 人が写った写真しか撮れません。写真を撮ろうと思ったら、1 秒間に 約 100 枚以上の写真を撮ることのできる、いわゆる「ハイスピードカメラ」が必 要になります。風船が割れる瞬間などをスローモーションで見せてくれることで 有名なハイスピードカメラの連続撮影機能が必要になるほど、織姫と彦星が会える 時間は短いのです。織姫が震えるのも分かる気がしますね。

(参照)ハイスピードカメラによるスローモーション映像集『未体験映像の世界』PV
https://www.youtube.com/watch?v=BzGZGRaeWsU


(小林正:愛媛大学 2014年08月)