連載:あなたの知らない宇宙

【第55回 遠方クェーサー】

これまでの記事でも述べられてきたように、多くの銀河の中心には超大質量ブラックホールがあることが知られています (第17回 銀河中心に潜む天体 〜超大質量ブラックホール〜第48回 ブラックホールの質量を測るなど)。

ブラックホールは非常に質量の大きな天体ですが、その大きさは非常に小さく、銀河の大きさに比べるとたったの100億分の1程度にすぎません。 10桁にも及ぶ空間スケールの違いがある銀河とブラックホールですが、これまでの研究から、銀河とブラックホールの進化は密接に関わっている可能性があることが知られています (共進化)。 ブラックホールと銀河バルジの星質量との関係を調べてみると、質量の大きい銀河ほど質量の大きいブラックホールを持つためです。
この関係はマゴリアン関係【1】として知られています。

さて、ほとんどの銀河の中心に超大質量ブラックホールがある、ということですが、もちろん、ブラックホールを直接観測できるわけではありません。 ブラックホールが存在することの観測的な証拠のひとつに、非常にコンパクトな領域から莫大なエネルギーが放射されているというものがあります。 このような天体の例にはクェーサーがあります。 クェーサーの発見当初は、非常に特異な「星」と認識されていましたが、研究が進むにつれてその天体は、非常に遠くにあるのに明るく見える、つまりとてつもなく明るい天体であること、それにもかかわらず、その大きさは非常に小さいということがわかりました。 空間スケールが非常に小さいにも関わらず、莫大なエネルギーを生み出せる…そのような天体はブラックホールしかない、というわけです。

現在では、スローン・デジタル・スカイサーベイ (SDSS; Sloan digital Sky Survey) などの大規模な探査観測により、多くのクェーサーがあることが知られています。 SDSSによる最新のクェーサーカタログには、約30万個のクェーサーが掲載されています【2】。
遠方のクェーサーも見つかってきており、初期宇宙から現在に至るまで、クェーサーがどのように進化してきたかも調べられつつあります (光速が有限なので、遠方を見ることは過去を見ることに相当します)。 過去から現在に至るまでのクェーサーの明るさごとの個数を調べてみると、明るいクェーサーほど個数のピークが過去にあることがわかってきました(【3】,【4】,【5】など)。 これは、クェーサーの活動性が過去から現在に向かって弱まっていることを示し、活動銀河核のダウンサイジングと呼ばれています。
しかしながら、クェーサーが非常に遠方にある場合、暗いクェーサーは見えていない可能性があります。 そのため、クェーサーの進化、ひいては銀河とブラックホールの共進化について完全に理解するためには、遠方にある暗いクェーサーの観測が重要です。

これまでにも遠方クェーサーは発見されていますが、その数は少なく、統計的に議論するには不十分です。 この状況を打開するのが、これまでの記事 (第38回 銀河の進化とガスの役割など) でも紹介されている、すばる望遠鏡のハイパー・シュプリームカム (HSC; Hyper Suprime-Cam) です。 現在は「すばる戦略枠」として HSC による大規模な探査観測が行われている真っ最中です。 HSC の高い感度で非常に暗い天体も観測可能になり、広い範囲を観測するため、多くの天体を見つけることができます。 2015年から始まった観測により、すでに遠方クェーサーが発見されつつあり【6】、これからの観測により、さらに多くのクェーサーが見つかることが期待されています。


参考文献: 【1】Marconi & Hunt, 2003, ApJ, 589, L21
【2】Paris et al, in preparation
【3】Croom et al., 2009, MNRAS, 399, 1755
【4】Ikeda et al., 2011, ApJ, 728, L25
【5】Ikeda et al., 2012, ApJ, 756, 160
【6】Matsuoka et al. 2016, arXiv:1603.02281




(Ogura: 2016年09月)